〜クリスマスが魅せた悲しい恋の物語〜

 

オペラ「ラ・ボエーム」

作曲者:ジャコモ:プッチーニ

初演:1896年2月1日 トリノ・レージョ劇場

言語:イタリア語




 

一番ロマンティックなオペラは何か、そう聞かれた時の答えに最もふさわしい作品の1つがこの「ラ・ボエーム」

19世紀パリ、クリスマスイブの夜に出会った男女、幸せな2人でしたが、冬の寒さと病の足音が彼女達の暖かい関係を蝕んでいく、というやり過ぎなくらいに王道な恋の悲劇に、ロマンティックかつ壮大な音楽が特徴のプッチーニ、この2つが合わさった作品が名作でないわけがないですね。

実際、これでも言い足りないほどに「ラ・ボエーム」は世界中で最も人気のあるオペラの1つです。分かりやすい悲劇的なストーリーに、イタリアらしいロマンティックな音楽、多くの人が思い浮かべるオペラらしいオペラですね。

 

さて、題名の「ラ・ボエーム」はボヘミアンのこと意味しています。意味としては、定住しようとしない、世間の目を気にしない、独自の習慣などを持った芸術家、といった感じです。元はヨーロッパに広く点在する放浪民族ジプシー達が、ボヘミア地方からきたことに由来しているようです。特に19世紀になると、ジプシーの暮らしに感化された芸術家が世間の常識とらわれず、自由に、芸術に生きようとして、自らボヘミアンとなりました。

パリでは、モンマルトル、モンパルナスなどがそんな芸術家が集まる場所になっており、今でも市場に行くと多くの画家が絵を売ったり、似顔絵を書いてくれたりします。

 

19世紀パリ、ボヘミアンな芸術家として暮らす詩人のロドルフォや画家のマルチェッロ達。そこへロウソクの灯をもらいにお針子のミミが訪れます。ロドルフォとミミは運命的に恋な落ち、他の芸術家仲間とともにクリスマスイブの夜を楽しく過ごします。

それから2ヶ月、ロドルフォとミミの関係は悪くなっており、ミミの身体は病に蝕まれていた。若い芸術家の彼にミミを十分に養ってあげる蓄えもなく、そのためについ冷たくミミにあたってしまうロドルフォ、自分の病の重さに気付いたミミ、彼女達はまた一緒になれる日を願ってお互いに別れを告げます。

ロドルフォ達はまたミミと出会う前ように気ままな芸術家として暮らしを再会した。そこへ明らかに病状が悪化したミミが現れる。ミミに死が近づいているのを感じたロドルフォ達は彼女のために、薬や身体を暖めるマフを持ってこようとするが、その看病もむなしくミミはロドルフォの腕の中で息絶える。

主な登場人物

ロドルフォ(テノール):貧乏な詩人

ミミ(ソプラノ):お針子をして生計をたてている女性

マルチェッロ(バリトン):ロドルフォの友人の画家。ムゼッタとは元恋人

ムゼッタ:(ソプラノ):マルチェッロの元恋人

コッリーネ(バリトン・バス):ロドルフォの友人の哲学者

ショナール(バリトン・バス):ロドルフォの友人の音楽家




第一幕

パリ、安アパートの屋根裏部屋。詩人のロドルフォと共にマルチェッロやコッリーネ、ショナールらが暮らしている。芸術家の誇りはあったが、若い彼らに金はなく部屋は埃だらけで、クリスマスイブの夜なのに暖炉にくべる薪もなかった。ついにはロドルフォが書いた戯曲で暖をとるが、それもすぐに消えてしまう。そこへ、ショナールがワインや食べ物などを仕入れてきて、家で食前酒がてら一杯やって、イブの街へ繰り出そうとする。

すると、ドアをノックする音が聞こえる。大家のベノアが数ヶ月滞納した家賃を払えと要求しにきたのだ。そんな金などあるわけがないロドルフォ達は、大家を口車に乗せ、酒を飲ませ、ついには彼を追い出すことに成功する。マルチェッロ達は街へ行こうとするが、ロドルフォは書き残しの詩を作り終えるために少しだけ1人部屋に残る。

詩作が思うように進まないロドルフォのもとへ、ある女性がロウソクの灯を分けにもらいに訪れる。体調が悪そうな彼女を心配しながら、ロウソクの灯を分け見送るロドルフォだが、帰ろうとする彼女が鍵をこの部屋に落してしまったという。一緒に探すロドルフォだが、彼女のロウソクもロドルフォのロウソクも灯が消えてしまい真っ暗闇ななか、2人の手が重なり、ロドルフォは彼女の冷たい手を握りしめ、自らのことを話しはじめる※1

彼女もロドルフォに続き、自分の名前はミミ、と話し始め※2、彼らはお互いの愛を告白し合う。外から、先にカフェで待っていると友人の声が聞こえ、ロドルフォ達も腕を組み合い、イブの街へと降りて行く。

 

二幕

カフェ・モミュス。イブの夜は多くの人で賑わっており、ロドルフォはミミにボンネットをプレゼントしている。各々買い物が済むと、カフェ・モミュスで豪勢な食事やワインを注文する。食前酒で乾杯しようとすると、派手な女性が老人と一緒にカフェに現れる。彼女はムゼッタ、マルチェッロと別れた女だった。

マルチェッロを見つけたムゼッタは、見せつけるようにパトロンの老人アルチンドロを雑に扱い、自分の魅力を歌いはじめる※3

過去に別れてはいるが、お互いを気にし合うマルチェッロとムゼッタ。ムゼッタはパトロンに靴を買いに行かせ、その意味を理解したマルチェッロはムゼッタと抱きしめ合う。ロドルフォ達がその様子を楽しみながら眺めていると、カフェの勘定が渡される。あまりの金額に驚く彼らだが、ムゼッタがパトロンに支払わせるように給仕に言いつけ、皆で騒いでいる人混みにまぎれながら、そのカフェをあとにする

 

三幕

町外れの関税徴収所。税関兵が酒を楽しむ音が酒場から聞こえる。酒場ではマルチェッロが絵描きとして働いており、ムゼッタやロドルフォもそこにいる。

ミミが1人酒場を訪れ、外の兵士にマルチェッロを呼んでもらっている。彼女は彼にロドルフォと別れようと思う、彼は最近冷たく、嫉妬深い、昨夜も出て行ってしまったと告白する。寝ていたロドルフォが起き上がり外に来ようとするので、マルチェッロはミミを隠し、ロドルフォにミミのことについて話を聞こうする。

ロドルフォはミミのことを浮気女だと罵倒するが、次第に本音を漏らしていく。ミミの病が悪化している、それは貧乏な自分のせいだ、薪もなく、北風が吹き込んでくる部屋のせいだ、彼女の病はもう治らない、と。それを聞いたミミは自分に死が近づいてることを知りむせび泣く。その声を聞いたロドルフォはミミに気付いてしまう。お互いの今の想いを知った2人、その一方ではマルチェッロとムゼッタがケンカを始めている。

ロドルフォとミミは花が咲く季節にまた会いましょう、と別れを告げる。

 

四幕

パリの屋根裏部屋。再びこの部屋に戻ったロドルフォやマルチェッロ達。時折、ミミとムゼッタ、失った恋人達を懐かしむ2人だが、かつての仲間と愉快に過ごしている。そこへムゼッタが慌てて入ってくる。聞くと、ミミの体調が悪く、アパートまで一緒に来たが階段も登れないほどだと言う。なんとか部屋へあがったミミをロドルフォは抱きしめ、みんなで介抱しようとする。コルリーネはミミのために外套を売りにいき※4、他の仲間も次第に部屋を出て行く。

初めてあった時のように2人きりになったミミとロドルフォは、過去を懐かしむ。イブの夜のこと、鍵を探したこと、ボンネットのこと

マルチェッロやムゼッタが薬を持って帰ってくる。彼らはミミのために祈るが回復の兆しはない。他の仲間も戻り、ロドルフォにミミの体調を聞くと、今はぐっすりと寝ているよ、と答える。それを聞いた彼らはミミの様子を見るために近づくと、黙り込んでしまう。ロドルフォが、自分の見つめる仲間達の眼に、静かで重たい空気に気付いた時にはミミは既に動かなくなっていた。泣き叫ぶロドルフォが冷たくなったミミを抱きしめ、幕が閉じる。




 

解説

よくありがちな悲劇、といった感じのラ・ボエーム。話の大筋は掴みやすく、予想もしやすいお約束の展開が多いのでオペラ初心者の方でも気軽に見れる作品ですね。

話の大筋だけを見るとありがちなこの作品が、現在で最も人気のあるオペラの1つになった理由は作曲者、プッチーニにあるでしょう。無駄な技巧的表現はなくし、声と音による感情表現を極限まで突き詰めた作曲家の1人、プッチーニの素晴らしい音楽が、何も難しいことを考えずに観客をロマンティックな世界へ引き込みます。

 

ラ・ボエームには「ボヘミアンの生活」という原作小説があります。プッチーニはオペラ化するにあたり、話を簡略にしています。そのカットされたシーンや人物の1つに、ミミの正体や子爵という存在があります。

ここからは正直、ラ・ボエームやミミが純粋な恋物語として見れなくなってしまう可能性もある部分ですので、読まれる方はご注意を

 

さて、お針子のミミ。彼女とロドルフォの関係は、出会いから不自然なほどに一気呵成に良い関係になっていきます。これは決して、オペラのお約束事と言えるものでなく、ミミがそうなることを狙っていた可能性があります。

というのも原作では、ミミは貴族である子爵と関係をもっていており、彼の保護を受けています。彼女も貧乏な身、お金もない年頃の女性がお金を稼ぐ手段としてそのような手を考えつくのは難しくないでしょう。

そして、ロドルフォとの関係もその内の一部だった可能性もあります。結果としてロドルフォを愛しているからこそ、ロドルフォのもとに戻ってきたのでしょうが、ロウソクの灯を借りに来る、その灯が消え、鍵まで落してしまう。少々、出来過ぎな出会い方ですね。

3幕でロドルフォが、ミミはすぐに他の男に色目を使うんだ、と不満をもらしているのは、決して嘘というわけではないようです。

 

プッチーニがこのような設定を見えないところに置いて作曲したか、またその後の様々な公演がこのようなものを想定した上で作っているかはわかりません。ですが、オペラは音が全てを物語ります。ロドルフォやミミのアリアだけでもいいですし、ラ・ボエーム全体を聞いて何を音楽から感じ取るかはあなた次第です。

このような楽しみ方が出来るのがオペラの楽しさの1つですね!




 

有名曲紹介

※1.Che gelida manina(冷たき手を)

リリコ、叙情的なテノールのアリアとして最も有名なアリアの1つがこの「冷たき手」をです。

暗闇の中、一緒に鍵を探すミミの手を掴み、ロドルフォは若い芸術家らしく情熱的に自らのことを語りだします。自分は詩人であり、詩を書きながら、ただ生きている、貧乏な生活だが、心は貴族のように生きているのです、と。

テノールにとって象徴的な高音HiC(ド)の音が登場することもあり、コンサートやリサイタルではよく歌われる曲ですね。

 

※2.Mi chiamo Mimi(私の名前はミミ)

ロドルフォの自己紹介に続き、ミミの自己紹介的なアリアです。流れとしては、ロドルフォのアリアが終わると、それに感化されたミミが一言も発さずにいきなり、「私はミミと呼ばれています。」と歌いはじめます。

「冷たき手」と同じで、リリコ・ソプラノの代表的なアリアの1つであり、コンサートでは頻出です。

 

※3.Quand me’n vo(私が街を歩くと、ムゼッタのワルツ)

こちらも自己紹介的なアリアです。ミミはロドルフォとは違いロマンティックというより、色っぽい感じですね。というのも、これを歌うムゼッタは、「私が街を歩くと男が皆振り返るの」と、自分がいかに魅力的かを歌います。実際、ムゼッタはパトロンを連れて登場しますし、かなりの美貌を携えた人物になっています。

自分を無視する元カレのマルチェッロへの当てつけに歌っているため、愛しい人にむかって歌うのは先の2曲と同じですね。

 

※4.Vecchia zimarra(古い外套よ)

合いの手的な絡み方が多く、一見、地味な見えてしまうコルリーネですが、非常に良いバスのアリアを持っています。短いながらも、哲学者コルリーネのロドルフォやミミに対する深い愛情やが感じられるメロディーになっています。

大事な友人の彼らのために、コルリーネが愛用してきた外套を質にいれようとし、外套の別れを惜しむ歌です。